読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世間がもし30人の基地だったら

日本南極地域観測隊に参加して、2015年12月に日本を出発しました。昭和基地で南極の冬を過ごして、2017年2月1日に次の隊と交代。3月23日に帰国しました。

越冬を数字で振り返る・その3 どれだけ歩いたか (代理人更新)

南極・越冬と聞くと「おこもり→動かない」と連想が働きます。でも、実際はよく歩いているのですね。

昭和基地って2016年現在、建物が68棟で総床面積が7,479㎡だそうです。それって、畳だと4,519畳ですよ。4,519畳ってどのくらいの広さなんだ??

 

それと、ご本人はガラケーを解約しているので(解約手続きは代理人)、帰国した翌日は携帯電話の購入をしないと、ですね。購入はご本人にやってもらいましょう。

 

・・・・・・・・・・・・

 

国内で使っていたガラケー、出発前に成田空港でSIMカードを抜いて代理人に解約手続きをしてもらって、そのあとは歩数計兼目覚まし時計として持ち歩いていました。越冬一年間の歩数をまとめてみました。

f:id:nankyoku_30nin:20170218050123p:plain

明らかな凸凹は見られません。極夜のさなかは歩いていない、といったようなことはなかったようです。
ガラケーを持ち歩くのを忘れたときに、がくんと小さな値が出ています。10月の空白は内陸旅行中です。ほとんど歩いていないのに、雪上車の振動で2万歩近くになっていたりしたので、カウントしませんでした。
5000歩以下の日は置き忘れた日と考えて、それ以上の歩数の日だけ計算すると、平均は1万300歩くらいになります。
一番たくさん歩いたのは、昨年2月12日の25414歩です。この日は当直で、夜は観測引継ぎで、という忙しい一日でした。

越冬を数字で振り返る・その2 体重 (代理人更新)

代理人、めっちゃ体重が気になります。

だって、現在家にはご本人のパンツがありません。帰国してお風呂に入った後にはくパンツがないのです。さすがにはいていたパンツをそのまま身につけるわけにはいないので、買っておかないと。

で、サイズはMとLどっちにすればいいのだ?

これではわからないではないか!?

わからないことが多すぎるのが、さすが南極です。

先行きを見込んで、期待をこめてMにしておきましょう。

 

・・・・・・・・・・・・

代理人を始め、気になる人が多い体重の変化です。

f:id:nankyoku_30nin:20170214054838j:plain

2月から3月にかけて太った。
→越冬が始まって、調理隊員のつくるおいしいご飯を頂き始めたからでしょう。

3月から10月までは緩やかに太った。
→オーロラ夜勤で生活が不規則だった頃ですが、体重はわりと安定しているように見えます。

10月の空白のあと、11月初めに激太り、越冬中最大体重になった。
→空白は内陸旅行です。旅行中は体重を測っていませんでしたが、一気に太りました。雪上車の中では運動不足になりますし、こういったごはんを食べていれば、そりゃ太る。

nankyoku-30nin.hatenablog.com

なまごみを減らしたいこともあって、たくさん食べていました。

11月から12月にかけて痩せた。
→つらい本格除雪の日々、ですね。しっかり食べていても痩せました。

1月は太った。
→越冬終了を前に食材使い切りモードに入って、美味しいものがたくさん出ました。

 体重は測っていてもあまり気にはしていませんでした。旨いものを食べて太るのはしゃーない、と思っていますが、でもポテトチップスやカップラーメンにはあまり手を出さないようにしていました。
 1月末の時点でプラス5キロ。船内では体重を測る機会があまりないので、下りてからどうなっているでしょうか。

越冬を数字で振り返る・その1 ブリザード (代理人更新)

本日から3日間、越冬を数字で振り返ります。

まずブリザードがやってくるあたりが、南極ですね。

リザードの後にすることは除雪作業。除雪作業をする人は越冬隊員(だって昭和基地には越冬隊30人しかいなかったから)なので、心も体も大変だったと思います。

 

・・・・・・・・・・・・

 

わたしたち57次隊はブリザードが多かったなあ、と言われていますが、実際にどれくらいだったのか。外出注意令、外出禁止令が出ていた時間帯を合計してみたら、2016年2月から2017年1月の一年間のうちだいたい11%に外出制限がかかっていました。

f:id:nankyoku_30nin:20170214054511j:plain

外出禁止令が244時間、外出注意令が938時間。以前の隊のデータは手元にないので、どれぐらい多かったかの比較はできないのですが、366日のうち、のべ39日間あまりが外出制限の中でした。

 

月ごとの時間帯を見ると、内陸旅行に出かけていた10月が一番でした。不運でしたね…。

f:id:nankyoku_30nin:20170214054550j:plain

 

58次隊は越冬開始直後に外出注意令が出てしまいましたが、このあとは好天に恵まれますように。

デスクワーク (代理人更新)

ご本人、しらせ用に買った大型ディスプレイをえらく気に入って使っておられるようですが、帰ってきたらどうするのだろう?

はっきり言いますが、これを置く場所が家にはありません。

きっと、ご本人の帰国とともに、そういう意味不明なものがいっぱいやってくるのだろうなぁ・・・。あっ、ご本人の帰国は飛行機だから荷物は一部で、しらせ帰港の後が残り全部なはずだ。

あぁ、何を持ち帰るのだろう?段ボールで何箱なんだろう??誰が片づけるのだろう???想像しただけでも恐ろしい・・・。

 

・・・・・・・・・・・・

 

報告書を書いたり、昭和基地で観測したデータの解析をしたり、船内でもパソコン仕事はしています。

f:id:nankyoku_30nin:20170301141301j:plain

揺れる船の中では、画面が大きくないと辛い。大型ディスプレイを買っておいてよかったです。倒れないように、テープで固定しています。

nankyoku-30nin.hatenablog.com


DVDを見るときにも画面が大きいほうが楽しいですしね。

身体を動かしましょう  (代理人更新)

気がつけば、代理人は1か月以上ブログの更新をしているなぁ。

ということは、ご本人は1か月以上しらせに乗っているんだぁ。

やっぱり、そういうことをしたいよね。

 

・・・・・・・・・・・・

 

朝8時から午後6時半まで、艦上体育が許可されます。観測隊員だけでなく、自衛隊員のみなさんも空き時間を利用して、甲板を走っています。
氷山をバックにテニスをする人も。

f:id:nankyoku_30nin:20170304054149j:plain

柵は腰くらいの高さですから、かなり上手くないと、ボールがいくつあっても足りません。

 

天気の悪いときは「艦上体育は艦内のみで行え」という放送が入ります。
船内には「保養室」という名前のジムがあって、ここで汗を流す人もいます。

f:id:nankyoku_30nin:20170304054213j:plain

私は最近、ジョーバという乗馬マシンに乗っております。

氷山をバックに飛ぶ鳥 (代理人更新)

帰国まであと2週間となりました。

予定が決まったり、「よかったね」とお声かけいただくことが多くなったのですが、未だ再会のイメージができないし、そもそもお迎えの準備が進んでいるのか、もうよくわかりません。

気ぜわしい

ただそれだけです。

愚痴ってないで一つ一つ仕事をこなしていくしかないのですが、ぐじぐじ・ぶすぶす、うだうだ・・・。

 

・・・・・・・・・・・・

 

3月3日の午前、クジラが見えるとの艦内放送を聞いて、カメラを持って外に出てみました。何頭ものクジラが潮を吹いていて、その上に鳥(たぶんカモメのなかま)がたくさん飛んでいました。

f:id:nankyoku_30nin:20170304054938j:plain

オキアミがたくさんいるところには、オキアミを食べるクジラも鳥も集まってきます。

極地での活動を終えて考える (代理人更新)

本日の記事、ご本人はさらっと書いておりますが、代理人的には「閉鎖空間の極意がここに!」なんてタイトルをつけちゃいたくなります。

2月にしらせが南極を離れたら、次のしらせがお迎えに来るクリスマスの頃(順調にいけば)まで補給がありません。第57次越冬隊でいうと越冬隊30人以外の人と逢うことができません。完全なる閉鎖空間・無補給です。

チームで行うスポーツに例えると、ベンチ入り選手がいません。ケガをしても自分の代わりはいないし、救急車は来ないどころか他の隊員が救助活動を行うことになります。

なので、不測の事態が発生しても対応できる力を常に用意しておくことが求められます。

  

・・・・・・・・・・・・

 

アムンゼン湾での野外活動を最後に、わたしの極地での仕事は終わりました。
ホッとした、というのが正直なところですが、達成感のようなものは、そんなにありません。全力を尽くしました、ということがなかったからかもしれません。
「南極では100%の力を出さない」というのは、ある程度意識してきたことです。言い換えると、常に余力を残して活動してきました。極地では、駅伝やマラソンのようにゴールして倒れ込むような行動をしてはいけないとおもっています。ゴールだと思って着いてみたらまだまだだったり、到達直前に思わぬ困難があるかもしれない。例えば、アムンゼン湾での仕事は日帰りを3回でしたが、毎回、テントと食料と水3日分をヘリコプターに積んで往復させました。日帰りの予定でも、3日くらい帰れないという事態を覚悟した上で行動しているということです。
計画されている仕事に100%の力を出していたら、アクシデントがあったときに対応する余力が残っていないかもしれません。そうしたら、極地では命の危険にさらされます。駅伝やマラソンのように棄権ができるものではなく、火事場の馬鹿力をあてにするのは賢明ではありません。
もちろん、手を抜くわけではなく、疲労困憊するまえに休む。意識して早寝する。お酒をやめて、せめて内臓だけでも休ませる、などなど…。コンディションを整えて、常に余力を残すように心がけていました。
すべてうまく行きました、とは言えないかもしれませんが、どうやら無事に14か月のマラソンを走り終えました。