世間がもし30人の基地だったら

日本南極地域観測隊に参加して、2015年12月に日本を出発しました。昭和基地で南極の冬を過ごして、2017年2月1日に次の隊と交代。3月23日に帰国しました。帰ってからも南極に関わることがときどきあるので、更新を続けています。

西オングルのお線香

西オングルでは持参したテントか、現地に設置してある居住カブースに泊まります。「居住カブース」というのは、居住用の小屋をソリに載せたもので、雪上や海氷上を雪上車で牽いて移動できます。中はこんな感じ。

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ふとんのほかに、非常用の食料、燃料などが置いてあります。そして、お線香も。

 

1960年10月10日、第4次隊の福島隊員がブリザードの中、行方不明となりました。遺体は1968年2月、西オングル島内で発見されました。行方不明になってから7年後でした。
発見場所にはケルンが積まれています。西オングルを訪れたら、ここにお参りをします。我々も、初日の夕食前に10分あまり歩いて行って、手を合わせてきました。

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昭和基地からは5kmくらい離れたところです。ブリザードで何も見えない中、方向感覚をなくして歩き続けて、ここで息絶えたものと推察されています。

向こうに見える島にはペンギンの巣があって、なきごえが聞こえてきます。

 

ここでご遺体を火葬にしたと伝えられています。燃やした木材ののこりと、風よけの金属板がなまなましい。

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南極で亡くなった日本の観測隊員は、これまでのところ福島隊員だけです。五十数年前とくらべると昭和基地は格段に立派に、快適になりました。しかし、建物の外の環境は、南極のままです。


安全への意識は保ち続けなくてはいけません。すべては無事に日本に帰るために。