世間がもし30人の基地だったら

日本南極地域観測隊に参加して、2015年12月に日本を出発しました。昭和基地で南極の冬を過ごして、2017年3月23日に帰国しました。帰ってからも南極に関わることがときどきあるので、更新を続けています。

【書評】石橋を叩けば渡れない 西堀 栄三郎 (著)

昭和基地の図書室は、食堂の他にもいくつかあります。ここは食堂から近い庶務室の書架。本格的なスライド書棚に過去の観測隊報告や学術誌がおさめられています。

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その向かい側には、極地関係の本の他に、小説、池上彰さんの解説本など、食堂の本棚よりも幅広いジャンルの本が置いてあります。

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 その中から見つけた「石橋を叩けば渡れない」と「五分の虫にも一寸の魂」。

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1999年に出された新版「石橋を叩けば渡れない」は、もとの「石橋を…」(1972年)に加えて「五分の虫にも…」(1984年)を抄録しているようです。

公益財団法人日本生産性本部 - 石橋を叩けば渡れない[新版]

西堀さんが講演した内容をまとめたもので、読みやすくわかりやすい、そして楽しい本です。多岐にわたる活躍をなさった方ですので、品質管理、組織論、発明などなど多岐にわたる話題を語っておられますが、やはり気になるのは南極観測隊についての記述です。この本で、不思議に思っていたことが一つ、わかりました。

第一次観測隊の越冬が始まった直後に、海氷の上に仮置きしていた荷物が、氷が割れたために流されて、大量の食糧を失うという事件がありました。NHKプロジェクトXでは印象的なシーンで紹介されています。西堀さんの「南極越冬記」、第一次観測隊ドクターの中野さんの「南極越冬日記」には痛恨事として記されてはいますが、そんなに慌てていない印象を受けます。食べるものを失って、なぜそんなに冷静なのか、と不思議でした。

「石橋を…」の中に、その答えがありました。出発前に食糧について担当者が栄養の専門家からいろいろとレクチャーを受けているのを西堀さんが聞いて、「栄養学的なことはともかく、量は必要とされる2倍、持っていけ」と指示を出していました。本当は3倍と言いたいところだが、予算も考えて2倍にした、とも書いてあります。なるほど、未知のところに行く準備は、このように考えるものなのか、と感心しました。

越冬中はいろいろと苦労されたようですが、やはり第一次観測隊を派遣するときに彼がいて、腕を振るえたというのは、日本の南極観測にとって幸運だったと言うべきでしょう。

西堀さんがどんな人だったのか知るための第一冊としてお薦めです。

 

ところで、昭和基地にある「五分の虫にも…」は、第一次越冬隊に参加して、その後も何度も南極に来ている村越望さんへ、著者からの献本です。

「あすか文庫」というハンコが押してあるので、あすか基地から持ち帰られたものなのでしょう。歴史を感じます。

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