世間がもし30人の基地だったら

日本南極地域観測隊に参加して、2015年12月に日本を出発しました。昭和基地で南極の冬を過ごして、2017年2月1日に次の隊と交代。3月23日に帰国しました。帰ってからも南極に関わることがときどきあるので、更新を続けています。

ブリザードの夜に考える

 22日の朝から風雪が強く、午前中には外出注意令、夜には外出禁止令が出ました。たぶん、57次隊がこれまで経験したなかでは、最大・最強・最長のブリザードになっています。

風が秒速30メートル(=時速108キロ)にまで強くなりました。建物からみしみしと音がして、窓際に置いたコップなどはカタカタと揺れています。

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(この写真は今回のブリザードのものではありませんが、地吹雪をストロボ撮影したものです。画面左から右に雪つぶが飛んできています。)

 

外出禁止になっていると、建物の間の移動はできません。

わたしは居住棟の自室に持ち込んだパソコンでプログラムを組んだり報告書を書いたりしているのですが、気象や衛星受信の仕事のある人は、その持ち場に閉じ込められたまま、風雪が弱まるのを待つことになります。

こうして夜を過ごしていると、やっぱり南極は、人が住めるところではないのだなあと思います。わずか数百メートルであっても行き来できない。無理すると、死にます。

越冬とは、南極ではない環境(=基地)を南極の中に小さく作って、それを維持していく営みではないかと思いあたりました。

 

で、何のためにそうまでして頑張っているのか。それは、南極を、その小さく作った「南極ではない環境」から針の穴のような小さな覗き窓からでも見て、ほんのちょっとでも手を伸ばして触ってくる。そのためだと思っています。

…研究も頑張らないとね。