【書評】コスモス カール・セーガン(著)
先に読んだ「石橋を叩けば渡れない」を返しに行ったら、懐かしい本が目につきました。私を南極に連れてきた、と言ってもいい本です。
はじめて読んだのは高校一年生の時。英語と数学が全然できなくて、文系でも理系でも苦労しそうだなあ、と頭を抱えていたころに出会いました。著者の監修していたテレビドキュメンタリー「コスモス」を見ていたので、当時最先端だった惑星探査機バイキングによる火星、ボイジャーによる木星、土星への旅について読むのを楽しみに文庫本を買ったのでした。
実際に読んでみると、"サイエンスの考え方"について、より強い印象を受けました。たとえば、当時のこども向けの宇宙の本には、「地球は、太陽からいい感じに離れていて、熱すぎず冷たすぎない大気があって、生命の誕生にはラッキーな星です」といったおはなしが書かれていて、わたしはそれを無邪気に信じていたのです。ところがこの本には、「地球の置かれた環境にあわせて地球の生命は進化してきたのだ」と逆の因果関係が示してありました。これがサイエンスの作法というものか、と高校一年生の少年はまた無邪気に感激し、こうした思考過程のほうが自分は好きだなあ、と思ってしまったのでした。
この本を手始めに、朝永振一郎やファインマンなどの科学エッセイを読みふけりましたが、その情熱は数学の勉強には向かなかったので、幾度か落第点(当時、自分の通う高校では平均点の半分以下だと赤点とされていました)を取り、大学受験でもえらく苦労しました。それでも、結局のところは理系の人生を歩むことになり、その延長に、今の昭和基地での越冬生活があるといえます。
先週は曇り空と地吹雪でオーロラ観測の夜勤がからぶりにおわる夜が多く、ひさしぶりに懐かしく読み直しました。この本が世に出て30年余りが経ち、科学的な成果の記述には古びてしまったところもありますが、科学史についての章は、新たに興味を駆り立てられるものでした。
今度は英文で読んでみようかな、とちょっと思っています。
(この記事は、はてなブログキャンペーン・特別お題「青春の一冊」にエントリーしています)