昭和基地のダム その2
1月29日に紹介したダム湖の岸辺、建物の近くに土の部分が見えてきました。
1月末よりも、雪解けが進んでいます。
ダムが見えないかな?と思って、岸辺に行ってみました。
このところ気温も下がってきました。あと一週間もすれば凍りつくか雪に覆われるかして、こうした水面を屋外で見ることはなくなるでしょう。
昭和基地での生活水の確保 (南極資料,Vol. 59)によると、1965年、第7次隊で、空きドラム缶に砂利を詰めて堤防を築いたのがダムのはじまりだそうです。この時の機械担当の荒金さんが、このダムの名前「荒金ダム」の由来だとか。
その後、夏季になんども決壊したので、46次隊でいったん水を抜いて、土のう袋を積んで補強したのが現在の姿だそうです。
上記「南極資料」のpdfファイルには48次隊が撮ったダムの写真があります。私が前回参加した隊ですが、記憶に無いです。1年を南極で過ごしても、見逃していたものはたくさんあるんだなあ。
この写真の中央に伸びている黒いホースの右のほうに、ダムの本体があるようです。この夏は、顔を出すことはなさそうです。