世間がもし30人の基地だったら

日本南極地域観測隊に参加して、2015年12月に日本を出発しました。昭和基地で南極の冬を過ごして、2017年2月1日に次の隊と交代。3月23日に帰国しました。帰ってからも南極に関わることがときどきあるので、更新を続けています。

【書評】南極記  南極探検後援会 (編集)

1912年、いまから百年以上前に、 白瀬矗(しらせのぶ)をリーダーとする南極探検隊が南極大陸に上陸しました。その「公式記録」です。
初版発行が大正2年(1913年)、復刻は昭和59年(1984年)。本文468ページの大著です。ちなみに、領価2万5千円、amazonで古書が6万円と値付けされております。 

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 まず、日本では読む機会はないだろうとおもって、昭和基地の蔵書を開いてみました。文語調の文章で、はじめのうちは読みづらく感じたのですが、慣れてくるとそんなに気にならなくなりました。

  

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この「公式記録」の中では白瀬隊長があんまり出てきません。ウィキペディアに書いてあることが全部真実かどうかはわかりませんが、第一次越冬隊長の西堀さんの圧倒的な存在感にくらべると、あきらかに影が薄い。犬係として参加している2人のアイヌの隊員のほうが大活躍している感じです。

白瀬さんは、同時期の他国と比べてもごく貧しい装備で南極大陸への上陸を果たし、南緯80度5分まで進んで、人員を失うことなく帰ってきました。これを実現するリーダーシップは素晴らしい一方で、補佐役に恵まれなかった、あるいは育てられなかったように思います。国内と隊内に一人ずつ、腹心と呼べるスタッフが居ればと惜しまれます。

 

白瀬隊の一行は、最初の年は出発が遅れたこともあって南極大陸へ上陸できず、オーストラリアへ引き返しています。そしてシドニーで1年間テント生活をして、翌年に上陸を果たしました。57次隊の帰路にシドニーに行くことがあれば、そのテント生活をしていたところを訪ねてみたいと思っています。